ロックンロール・アルマゲドン 『フライト』

『フライト』鑑賞。

ホテルの一室、並ぶカラの酒瓶、全裸のラテン美女、白いライン……本作はそんな怠惰を絵に書いたような風景で始まります。タイトルの『フライト』が意味するのは、パイロットである主人公ウィップ・ウィトカーが見まわれる飛行機事故の「フライト」であり、常用するコカインでシャッキリポンと飛びあがるように高揚する「フライト」、山積する問題から目をそむけて酒飲んで現実逃避の“高飛び”を意味する「フライト」でもあります。
本作は飛行機の故障による事故を神業のようなテクニックで最小限に食い止めたパイロットが、その事故調査により自身の飲酒癖、ドラッグ常用を見つめ直すという話です。
キリスト教に限らず宗教は道徳的な側面を持っています。慎ましく品行方正に生きていれば心やすらかに生活出来て、死んだら天国で永遠にほがらかに生活できますよ!と。対して悪魔は徹底して現世利益を追求し、瞬間の幸せのため後先なんか考えるなと誘惑するのです。
劇中、主人公のひいきのプッシャー(ジョン・グッドマン)は必ずストーンズの「悪魔を憐れむ歌」をBGMに登場します。

自己紹介をさせてください。
まず、私は金持ちで、良い趣味の持主です。
長いこと生きて、多くの信仰と魂を奪ってきました。


キリストが自身に不安を抱き、痛みに苛まれたときも、
ピラト総督がいやいやながらキリストを磔に処したときも、
その場に居合わせたのでございます。


改めて。どうも、はじめまして。
とはいえ、私のことはご存じでしょう?
いつも、あなたを困惑させている者でございますよ。
超訳 侍功夫

悪魔は慇懃無礼に近づいて「あなたのためなんでございますよ。」「これ一発で、嫌なことなど吹き飛ぶのでございますよ。」と誘惑するのです。
映画の後半、事故の調査委員会の審問会に呼ばれた主人公。エレベーターに乗っていると(とある理由で)鼻血が流れてきます。ハンカチで押さえながら上を向くとシルバーに磨きあげられた天井に自分の顔が映ります。そこにはオルガンでアレンジされたビートルズの「ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンド」がかかっています。

ボクの歌が調子っぱずれだったら、キミはどう思う?
ボクを見はなしてどこかへ行ってしまうかい?
そうならないように、なるべくうまく歌うから
少しの間、聞いててくれよ。


友達のちょっとの助けでうまくいくんだ。
助けてくれると、うれしいんだ。
助けがあれば、がんばれる。


愛する人がいなくなったら、どうしたらいいんだろう?
(ひとりぼっちはさみしい?)
そんな日がどうやって終わるんだろう?
(自分で自分が悲しく感じる?)


いや、友達のちょっとの助けでうまくいくんだ。
助けてくれると、うれしいんだ。
助けがあれば、がんばれる。
超訳:侍功夫

「レット・イット・ブリード」(血見るぞ!)とカマすストーンズに対して「レット・イット・ビー」(なるがままに)とたしなめるビートルズの代理戦争が『フライト』主人公の内面だけで行われるのです。漫画やコメディ映画などで、肩の上に悪魔が表れて「やっちゃえ!やっちゃえ!」とはやし立て、「おやめなさい!」と天使がたしなめる、あの戦いです。
しかし、その戦いを演出するのはスリルやピンチを描かせたら一級品のロバート・ゼメキスです。主人公が酒を飲むか飲まないかの葛藤を、コメディにならないスレスレの過剰演出で描きます。その“スレスレチキンレース”具合に気づく中盤まで、スクリーン上で何がどういう方向で行われているのか、ほとんど理解できないまま進みます。ですが、その流れの最後の最後でグッと過剰に振り切ります。ここから先は、善と悪の壮絶な最終戦争が繰り広げられます。あくまで独りの男の気持ちの中だけで。
CGで、感情や心象を具象表現し続けてきたゼメキスが選んだ久し振りの実写映画は、徹底的に隠喩・比喩表現だけで現わされたアルマゲドンなのです。これは「ゼメキス」のフィルモグラフィにおいて、マリファナやハシシのような“ゲートドラッグ”ではありません。純度の高いヘロインやスピードのように、確実に精神を蝕むヘビー・ドラッグです。
とはいえ、特に難解というわけではありません。ゼメキスのいつもの作品と同様に明確に描写がされていきます。間口は広く、出口は狭い。まぁ、死にはしませんので一服ためしてみてはいかがでしょうか?