スクリーンサイズの怪人たち「傑・力・珍・怪 映画祭」

「傑・力・珍・怪 映画祭」鑑賞。

http://ketsuriki.com/(傑・力・珍・怪 映画祭 公式HP)
ボクが何故、毎週々々、ワザワザ映画館などという場所、それもたいがい新宿だとか渋谷といった歓楽街のあちこちに点在するから、ボクの大嫌いな人ゴミの中を横断しなければならない場所へ行くのか?という事を考えた。というか「あぁ、コレがあるから映画館行くんだな。」と思い当たった。
「傑・力・珍・怪 映画祭」だが、どういう基準のチョイスなのかよく知らないのだけれど「大拳銃」「魔眼」「人喰山」の短編3本をメインとし、日替わりで1本ゲスト作品が上映される。
「大拳銃」は零細工場にやってきたカスタム拳銃製作依頼の話。ドン詰まった真面目な男が法を破る決意をしたあと、ダムが決壊するように闇の中へつき進んでしまう風情が素晴らしい。「零細工場」という最近ニュースでよく聞く、シリカゲルをぶちまけたような乾いた舞台を選んだ上に、そこへ「金」や「犯罪」といった揮発性の高い液体を流し込むイジメのセンスは映画製作者としての今後が信用にあたいする証左であろう。
「魔眼」は眼をつぶされ、母親と妹を惨殺される風景を幻視した女っという話。ジャッロ作品の不条理感と、往年の幽霊譚の主人公が陥れられるような孤独が素晴らしい。意図的にほとんど説明らしい説明をしない事で、真っ暗闇を手探りで進むような素晴らしい恐ろしさがあった。
「人喰山」は連続殺人犯の遺体放棄現場である奥深い山に検分のために訪れた犯人と警察の一行が出会う驚愕の事件という話。墨一色の濃淡で描かれた画が紙芝居のように替わって展開していく手法と物語の相性の良さ。それと何と言っても終盤の圧倒的な世界観が素晴らしい。

テーマ/ジャンル、スタイルも違うこの3本の共通点はどれもテレビプロデューサーが眉をひそめるであろう所だ。テレビのデジタル信号に変換するには、その念のデータ量は重く、液晶モニターに写すには、猥褻でモザイクすら煤けさせる。唯一、映画館の暗闇と大きなスクリーンだけが、これら作品の投影を許されたメディアであろう。
テレビで事済むのであれば、ボクはワザワザ映画館なんかには行かない。ただ、せっかく映画館で見ているのに「こんなもん、テレビで充分じゃい!」と思う事は少なくない。最近ではほとんどがそうだ。
初めてマンコを肉眼で見た時の畏怖と高揚。骨折して手があらぬ方向に曲がっているのを見た時の痛みを忘れるほどの驚き。不良に囲まれアドレナリンが沸騰し、視界が狭くなりボコボコと殴られているうちにフッと訪れる冷静な怒りの開放感。そういった公にされる事の少ないものを闇の中から引きずり出すような映画というものがある。ハリウッド大作なども含めた、このサマーシーズンに公開されている映画の中で、今の所、唯一このプログラムの作品群だけがそれに成功しており、映画館で上映される意味がある。
未見の人は渋谷へ急げ!